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サッカーブログです。

2019シーズン チーム分析 京都サンガ 

◆はじめに

サッカーは攻守の切れ目がなく、11人のチーム同士が自由に動き、プレーが連続しているスポーツです。複雑系であるサッカーを分析するために様々な手法が提案されています。

 今回は「モダンサッカーの教科書」で紹介されている、レナート・バルディ氏による「チーム分析のフレームワーク」を使って分析を進めていきたいと思います。

  「チーム分析のフレームワーク」ではサッカーを4つの局面に分けて、局面ごとにどの様な振る舞いをしているのかを分析します。そして分析結果を組み合わせることで、チーム全体の戦術を明らかにします。

 

サッカーの4局面を図にすると以下の様になります。

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・攻撃(ボール保持)
・攻→守への切り替え
・守備(非ボール保持)
・守→攻への切り替え 

4つの局面は移行する順番が決まっています。一つ飛ばしにしたり逆方向に遷移することはありません。

今回分析の対象とするのは京都サンガです。開幕からの4試合を分析対象とします。起用された選手、対戦相手との力量差、フォーメーションのかみ合わせなどはもちろん考慮しますが、チーム分析の目的はあくまで京都というチームがそれぞれの局面でどうふるまっているかを明らかにすることです。対戦相手に焦点を当てたり勝敗に関係する得点失点の分析をすることはありません。

 

◆京都が志向するサッカー

偽SB、5レーンと言った用語で表現されているように、最先端の戦術を用いた意欲的なチーム作りがされています。相手を見て自分たちの形を変化させ、ボールを大事にしてゲームをコントロールするスタイルは、スペインサッカーの思想が色濃く反映されています。昨年とは違ったチーム作りは大きな驚きを持って迎えられました。

 

開幕4試合でのスタメンとフォーメーション図です。

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4-3-3と5-4-1のシステムを併用しています。4バックから5バックに変更されたのは、戦術的というよりもDFラインの選手達のコンディション不良が大きな理由と思われます。それに加えてスピート難の闘莉王と高さ不足の本多を4バックのCBとして使うのに怖さがあったからでしょう。

 

選手の並びで目につくところを上げてみると、

・左利きの黒木を右SB(サイドバック)に配置。

・ボランチである福岡を右SBに配置。

・大卒新人の中野、上夷、冨田のスタメン起用。

・右WG(ウイング)に左利きの中野、左WGに右利きの小屋松という内に切り込む事を想定した配置。

この辺りでしょうか。

 

以下、【攻撃】【守備】【攻→守への切り替え】【守→攻への切り替え】の4局面に【セットプレー】を加えて、チームがどのような振る舞いをしているのかを見ていきましょう。

 

 

 【攻撃】〜完成度の高いビルドアップと物足りないフィニッシュ〜

「チーム分析のフレームワーク」では攻撃の局面を2つに分けています。

・ビルドアップ・・・自陣からGKやDFを起点として攻撃を組み立てる。

・ポジショナルな攻撃・・・相手陣内にボールを運んでからシュートに至るまで。

 

ボールを大事にする考え方は徹底されており、ボールを失う確率が高いと判断すればすぐに攻撃をやり直し、なるべくボールを持つ時間を長くします。

 

◇ビルドアップにおけるDFラインの変形

京都のビルドアップは「ポゼッションによるビルドアップ」です。ショートパスをつないで前進します。ロングボールはあまり使いません。

相手に合わせて選手配置を変えることで、安定したビルドアップを実現しています。ビルドアップの形は相手FWが掛けてくるプレス(第一守備ライン)の人数によって決めています。

相手FWが一人でプレスを掛けてくる時にはDFラインに2人。二人でプレスを掛けてくる場合には3人と、相手よりも人数を多くしてフリーの選手を作るようにしています。人数調整を行うのはアンカーポジションの庄司の役目です。

後ろを3人にする時には、センターバック(CB)の二人が左右に開き、庄司が中央に落ちる動きをすることで、3バックに変形します。

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新潟戦でのビルドアップの形

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鹿児島戦でのビルドアップの形

ビルドアップの局面で戦術的に大きな役割を果たしているのが庄司です。長短のパスをミス無くつなげる技術を持っているので、ビルドアップはほとんど庄司を介して行なわれます。そのため相手の厳しいマークを受けることも多いのですが、その場合には黒木や上夷が代わりになることもあります。特に上夷はCBながらボールを前に持ち出す勇気と縦パスを通す技術を持っており、ビルドアップの起点として活躍が期待されます。

特徴的なのがSBが内側に入ることです。SBが外側に開かず内側に入ることで、前後の間をつなぐ中盤の仕事を担当することになります。

この様に京都のSBは、ボランチの様な仕事が要求されています。そのため本来のポジションがボランチである福岡が右SBで起用されています。また、左利きの黒木をあえて右SBに置いたのも彼が元々ボランチの経験者だったからでしょう。

もし相手の守備により出しどころがなくなった時には、躊躇なくゴールキーパー(GK)までボールを返してビルドアップをやり直します。この時、自陣ペナルティーエリア(PA)近くまで相手が押し込んでくると、浮き玉を使って相手の頭を越すようにプレスを回避します。GKの清水は足元のプレーが得意という方ではありませんが、それでも十分に計算出来る技術は持っています。

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開幕での新潟戦ではビルドアップの場面でミスが目立ち、危ない場面が何度も有りましたが、試合を重ねるにつれてそういった場面は少なくなっています。

そして京都のビルドアップの特筆すべきポイントは、ここまでの4試合でいずれの相手も前からの積極的なプレスを試合途中から控える様になっていた事でしょう。前からボールを奪いに行ってもスペースを逆に利用されて危ないだけ、と相手に思わせるほどに京都のビルドアップの質は高いという事です。

 

◇5レーンを意識したポジショニング

「ポジショナルな攻撃」では、前線の選手は5レーンを意識したポジショニングをしています。5レーンとはピッチを縦に分割することで、ポジショニングのガイドラインを選手に示したものです。

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5レーンを利用したポジショニングの基本的なルール(5レーン理論)は以下の様なものです。

「1列前の選手が同じレーンに並ぶのは禁止」
「2列前の選手は同じレーンでなくてはならない」
「1列前の選手は適切な距離感を保つために隣のレーンに位置することが望ましい」

 

5レーンでの選手配置の例

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京都はこの5レーン理論がチームの共通認識となっています。そのため選手が変わったり流れの中で選手配置がずれたとしても、ポジショニングのルールに沿った構造を保つことが出来ています。前線の選手を5レーンに配置できるという事は、前の5人がビルドアップに参加しなくてもボールを前に運べていることも示しています。

 

◇サイドチェーンによる崩しの形

サイドチェーンとは、主にWG、SB、インサイドハーフ(IH)の3人の選手により相手PAの角を崩していくグループ戦術です。5レーン理論を利用した攻撃として、京都はサイドチェーンでの崩しを攻撃の一つの軸としています。

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サイドチェーンの場面ではおおよそ3対3の形になるのですが、ここでの京都のボールや人の動かし方は巧みで、非常に力を入れてトレーニングされているのが想像されます。

一旦サイドチェーンの形に持ち込むとボールを失うことはほとんどありません。ただし、ボール保持を第一に考えるというチームの方針であるのを踏まえても、リスクを掛けて突破に掛かるプレーが少ない事は確かです。

どこのチームでも同じ悩みを持っていると思いますが、相手PAに入ってからのプレーは課題となっています。

 

◇宮吉のポストプレー

 5レーンを利用した攻撃ではハーフスペースを使うことが多いのですが、京都は中央にいる宮吉の優れたボールタッチ技術を積極的に使おうとしています。前線から落ちる動きを多用して、CBとボランチの間でボールを受けてポストプレーを行います。

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宮吉はFWのタイプとしては裏に飛び出してゴールを狙うストライカーです。けれども今年の京都ではポストプレーの比率が高くなっています。 全体を押し上げる時間を作ったり、インサイドハーフへのラストパス、ワン・ツーの形にして自分が裏に飛び出す事もあります。ここまで1得点2アシストとすべての得点に関わっており、攻撃の最終局面で重要な仕事をする選手です。

ただしワントップの選手としては背が低く、それほど身体の強さも無いことが大きなハンデとなっていることも確かです。ロングボールに競り勝つのは期待薄ですし、相手に体を寄せられてそのまま潰されてしまう場面もあります。

宮吉の能力を活かすためには、ビルドアップの質やサポート選手(主にIH)などチームとしてのサポートを必要としています。宮吉のストライカーとしての能力を活かすために、将来的にはポストプレイヤーとしての仕事を別の選手に任せる事も考えられます。

 

◇「攻撃」の局面について雑感

ここまで攻撃の局面での特徴を挙げてきました。

ビルドアップはスムーズでボール支配率は高く、一見するとチームの狙いを実現出来ているように思われます。けれどもここまで4試合で3得点と決して得点力があるわけではありません。それに3得点ともに「ポジショナルな攻撃」で挙げた得点ではありません。

 フットボールラボのスタッツから1試合平均の数値を見てみると

シュート数 10.3(20位)

クロス数   3.3(22位)

得点に直接関係するデータは非常に低い数値となっています。

現状の方針として、ボールロストを少なくして出来るだけボールを持つ時間を増やすことで守備機会を減らす、という意図は理解できます。

ただしこれから順位を上げる事を考えると、シュートや得点を増やすために「ポジショナルな攻撃」の精度を今以上に高めることが求められるでしょう。

 

 

【攻→守への切り替え(ネガティブ・トランジション)】~徹底したリスク管理~

この局面では、選手全員がすばやく自陣に戻る「リトリート」を志向しています。

 

◇偽サイドバックによるカウンター潰し

【攻撃】の局面で、京都のSBがボランチの仕事をしている事を書きました。このようにSBの選手が本来のポジションではない内側に入る動きは「偽SB」と呼ばれています。この「偽SB」は【攻撃】の局面だけでなく【ネガティブ・トランジション】でも効果を発揮します。

 カウンターを受けた時に最も避けたいのは、ピッチ中央でスピードを上げられる事です。こうなるとDFはゴール前まで下がらざるを得ません。「偽SB」の採用は相手の攻撃のスピードアップを防ぐ目的でもあります。

京都が【ネガティブ・トランジション】で最優先しているのは、相手の前進を遅らせて味方が自陣に帰ってくる時間を稼ぐことの様です。「偽SB」と合わせて前線の選手が素早く帰陣することも徹底されています。

開幕戦ではカウンターを受けると上手く止められず、ボールを奪われたらそのままゴール前まで運ばれる場面が頻発していました。それでも試合を重ねるにつれて相手の攻撃を遅らせられるようになって来ています。庄司と黒木は上手くこの役割を果たしていて、攻守のキーマンとなっています。

下の動画は 背番号5のSB黒木が中央に位置することによってカウンターを防いでいます。

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 失ったボールをすぐに奪い返す「カウンタープレス」も選択肢としてはあるのですが、奪えるチャンスがあればそうするという程度であまり優先度は高くありません。

推測になりますが、もしカウンタープレスを仕掛けて失敗した場合に、守備の人数が足りなくなるリスクを嫌っているのではないかと思います。

どの局面もそうなのですが、得点のチャンスよりも失点のリスクを出来るだけ少なくすることに重きを置くチーム戦略が見て取れます。

 

  

【守備(ボール非保持)】~割り切った人海戦術~

守備の局面は大きく分けて2つになります。

・プレッシング・・・相手のビルドアップに対抗する守備

・組織的守備・・・・自陣までボールを運ばれた時の守備

 

守備では4-5-1もしくは5-4-1の形をとります。後ろの人数を多くしていますが比較的ラインは高めに設定しており、守備ブロックに入ってきたボールを迎撃します。

 

 ◇低めのプレス開始位置

京都の「プレッシング」は守備的プレッシングに分類されます。CBやGKにプレスをかけて積極的にボールを奪いにいく守備ではなく、どちらかというと相手の進行を止める目的で行われています。これは4-5-1と5-4-1のどちらもFWが一人であるために、第1守備ラインで効果的なプレスが掛けられないからでしょう。

プレスを開始する位置は低く、だいたいセンターサークルに到達するあたりになります。このとき2列目の選手(主にIH)が前に飛び出し、一時的に2トップの様な形になります。2列目が4人でも5人の時でもこの動きは変わりません。

  

◇人数を掛けたゾーンディフェンス

「組織守備」では人につくのではなく、ゾーンを守ることを意識しています。プレッシングを低い位置から開始するのとは逆に、DFラインは高めにとっています。全体をコンパクトに保つ事で、守備ブロックに入り込んで来たボールに対して迎撃を行います。ある意味相手のミス待ちをしているので、受動的な守備と言えるかもしれません。

「偽SB」を採用しているので、ボール扱いの上手いボランチ的な選手が多いこともあり、個人で守備能力の高い選手はあまりいません。それを補うために人数を揃える必要があり、2列目の選手の守備意識は高くなっています。【ネガティブ・トランジション】でリトリートを採用しているのも、いち早く自陣での守備の人数を揃えるためでしょう。

 ここまでの相手チームは積極的に裏を狙ったり、高さを生かしたロングボールを使ってくるダイレクト志向の攻撃を仕掛けてきていません。実際にやられた時にどういう抵抗を見せるのかはまだ分かりません。

その点を加味しても、4試合で2失点という結果の通り、自陣で人数をかけた守備は成功していると言えるでしょう。

 

 

【守→攻の切り替え(ポジティブ・トランジション)】~大きなジレンマ~

この局面は2つに分けられています。

・ミドル/ロングトランジション・・・自陣でボールを奪う

・ショートトランジション・・・相手陣内でボールを奪う

 

京都の場合【ネガティブトランジション】で「リトリート」、【守備】の場面で「守備的プレッシング」です。そのために相手陣地で守備を行う機会が少なく、ボールを奪った時には、ほとんどが「ミドル/ロングトランジション」となります。

 

◇スピードよりもボール保持を優先

 ボールを奪った後に縦に早くカウンターを狙うことはほとんど実行されません。周囲の味方とショートパスを繰り返して攻撃の陣形を整えます。そもそも人数を掛けた守備を行うために、前方に1~2人しかおらず無理のある攻撃はやりたくないというのが理由でしょう。

縦に急いだ結果、ボールが再び相手に移り逆襲を受けるよりは、自分たちがプレーしやすい攻守に安定した形を再構築する事を優先しています。

 実の所、京都は大きなジレンマを抱えています。ここまで奪った3得点はいずれも「ショート・トランジション」から始まっています。チームとしては優先度を低く設定しているはずの場面から、得点が生まれている事実があります。

 得点を狙うために「ショート・トランジション」の場面を増やすのか、それともリスクを嫌って今の状態を続けていくのか。【ポジティブ・トランジション】の局面をどう扱っていくかは、今後のチーム作りの大きな焦点となるでしょう。

 

 

 【セットプレー】

ここではゴールキックと直接フリーキックについて簡単に触れておきます。

 ゴールキックでは、ターゲットとなるヘディングの強い選手がいないので、 ロングボールを蹴ることはあまりありません。DFとボランチの選手がボールを受けに来て、短いパスをつないでいきます。

 ゴール正面での直接フリーキックでは、左右のキッカーを用意して直接シュートを狙います。特徴的なのがサイドからのフリーキックです。ヘディングの強い選手をゴール前に挙げてクロスを挙げるのが一般的ですが、京都の場合はDFの選手をゴール前に配置していても、短くパスをつないでプレーを始める事があります。

DFを上げる事と短くパスを出すことは矛盾しているようで不思議に感じるのですが、これもクロスを跳ね返されてカウンターを受ける事を嫌ってのプレーかもしれません。あるいは、相手守備の組織が崩れた状態からの攻撃を狙っている可能性もあります。

いずれにしてもあまり見ることの出来ないプレーなので紹介しておきます。

 

 

 ◆まとめ ~理想と現実~

ここまで局面毎の振る舞いを見てきました。

大雑把にまとめてしまうと、京都のスタイルは「ボール保持時間を長くした守備的なサッカー」です。

 

ビルドアップやグループでの崩しはよく訓練されているますが、今の所はボール保持を守備のために使っている印象があります。ボール保持の時間を長くすることで、相手の攻撃する機会を少なくする狙いがあると推測しています。攻撃の局面で可能性の低い行動を避けてやり直す場面が多いのも、無理に攻めて相手からのカウンターを受けないようにするためでしょう。そしてカウンターを受けた場合の対策として偽SBを用意しています。

京都は双方のゴール前を行ったり来たりする、いわゆるオープンな展開になることを徹底的に嫌っています。

現在の京都のサッカーについて自分の感想を述べると、欧州の最新の戦術を取り入れながら、置かれている現状に合わせて上手く調整しているなと感じています。攻撃していても常に守備の事を考える徹底したリスク管理は、勝ち点を取る現実的な方法を選んでいるのだと思います。目指している理想が正しい事を証明するためにも勝ち点は必要なのです。

 チーム作りの次のステップとしては、【ネガティブ・トランジション】で、すばやくボールを奪い返すカウンタープレスに取り組むのでは無いかと予想しています。得点を狙うためにはやっぱりカウンターが一番ですからね。

  

課題についても書いておきます。

チーム戦術は整備されているのですが、選手個人を見てみると物足りない部分があるのは確かです。【攻撃】の局面が上手く行っていないのも、単純に選手の力が足りないのでは?という懸念があることは否めません。

【守備】の局面でも個人勝負、特にパワーで押されてしまうとどうしても遅れをとってしまいます。セットプレーの守備では露骨に高さ不足を感じます。ボール保持時間を長くしているのは、個人能力の足りなさを隠す目的もありそうです。

 

 難しいサッカーにトライしてる状況で選手達はよくやっていると思うのですが、 最終段階まで進めるのかというと、それはちょっと想像できません。

 今年は選手の成長も含めて、チームが理想と現実との折り合いをつけるための1年にななりそうです。その過程をしっかりと見ていきたいと思います。