Take it easy

サッカーブログです。

2021年 チーム分析 京都サンガ ~秩序のあるカオス 矛盾への挑戦~

f:id:tomex-beta:20210912091526j:plain


「J2にいるべきではない」長年そのような枕詞で紹介されていた京都サンガ。だが実情はというと、昇格争いどころかプレーオフへの出場もままならないシーズンを続いている。サポーターの期待を裏切り続けていた京都ではあるが、2021年シーズンはここまで首位と勝ち点1差の2位と今回こそはと思わせる成績を残している。就任1年目でチームを変えたのは曺監督。切り替えを重視、激しいプレッシングを特徴とした独特なサッカーを展開している。インタビューなどでその哲学がよく伝えられているものの、サッカー自体への言及は少ない。分析をすることでそのサッカーの詳しい理解につながるだろう。

 

チームを分析するにあたり、例によって「レナート・バルディの分析フレームワーク」を用いる。サッカーの試合を、「攻撃」「攻撃から守備への切り替え」「守備」「守備から攻撃への切り替え」と4つの局面に分け、それぞれにどの様な振る舞いをしているのかを分析することで、チーム全体の姿を明らかにするのが狙いだ。

www.amazon.co.jp

 

 

 

攻撃 ~極端な前傾姿勢~

攻撃の局面はおおまかに以下の2つに分けることができる。

・ビルドアップ・・GK、DFラインから始まる攻撃の組み立て。

・ポジショナルな攻撃・・相手陣地に入ってからシュートに至るまで。

 

攻撃時のビルドアップでは、京都はDFラインからパスをつないでいくポゼッションによるビルドアップを行う。基本フォーメーションは433ではあるが、ボール保持では大胆な変形を見せる。

2CBは左右に大きく広がり、GKとアンカーによってひし形を作る。SBは押し出される形となり、ウイングは内に入る。あえて数字で示すとするなら、2-1-4-3になるだろうか。

f:id:tomex-beta:20210822182831p:plain

f:id:tomex-beta:20210822182822p:plain

この変形により各選手の役割は微妙に変化する。中央ワントップはウタカでほぼ固定。ポジションはCFではあるが、常に前線にとどまるのではなく、外に開いてクロスをあげたり、アンカーの位置まで落ちることで組み立てを助ける事もある。移動範囲は広く文字通りのフリーマンである。

左右のウイングは内に絞るため、CFの様な仕事が求められる。そのため宮吉、武富、松田など、ストライカー的な中央でのプレーが得意な選手が多く起用されている。一方で試合展開によっては荒木や白井といったサイドアタッカーが使われることもある。その場合には内に絞るよりは、本来のウイングポジションの役割であるサイドの突破が期待されている。起用される選手のタイプによってバリエーションが付けられるポジションとなっている。

CBが広がることで押し出される形となるSBは大外のレーンを一人で担当する。4バックのSBというよりは3バックでのウイングバックの様な役割となる。攻撃時には高いポジションをとり、一対一からのクロスを上げる。守備時にはゴール前にいち早く帰る必要がある。そのためスピードがあり攻撃に特徴のある飯田、荻原がスタメンを確保している。

続いて、ビルドアップの形を詳しく見ていこう。後方でひし形を作ると書いたがGKはあくまでもボールの逃げ場所として使い、基本は2CBと1アンカーの3人でビルドアップを開始する。

f:id:tomex-beta:20210823182623p:plain

3人の中でもキック力に優れるバイスが起点となる事が多く、そこからの縦パスで攻撃を開始する。縦パスの優先順位としてはCF→IH→SBの順であり、よりゴールに近づけるルートを選択している。

勘の良い方は気づかれると思うが、後方の三角形となると相手がよっぽど守備をサボらない限り、相手を外してフリーな状況を作るのは難しい。それでも京都にとっては一向に構わない。多少プレスを受けていても、前にパスをだせればそれで良いという姿勢を取っている。それは受け手の側にも同じことが言えて、多少マークに付かれていても構わずにボールを打ち込む。そうした先に待ち受けているのは激しいボールの奪い合いである。

f:id:tomex-beta:20210828171118p:plain

ボールの受け手とマークにつく相手との1対1を制する、たとえ十分なキープが出来なくとも、前に多く配置した利点を生かしてこぼれ球を奪取する。強引とも言える手段でボールを前進させている。この様なスタイルのため、京都のスタメンは対人に強くラフなボール扱いが得意としている選手が多く選ばれている。

 

ビルドアップから前進に成功して、次の段階としてのポジショナルな攻撃としては、サイドの攻略をメインに行う。

f:id:tomex-beta:20210828172708p:plain

PAの両端、通称ポケット(ニアゾーン)と呼ばれる場所を目標とした攻撃を仕掛ける。この場合、WG、IH、SBの3人の連携により侵入が試みられる。ポケットを狙った攻撃だけでなく、時折、ゴール前中央へ直接向かうこともある。その場合にはアドリブ要素の強めなショートパスの連打による打開を狙う。

ポジショナルな攻撃に限って言うと京都はあまり得意ではない。プレッシング、切り替えの速さに特化した選手が多いため、ゴール前を固める相手を動かしてチャンスを作るという作業を苦手としている。個人のひらめきに期待している節もあり、局面の打開をエースのウタカに頼っているのが現実だ。

youtu.be

youtu.be

ここまで前傾姿勢を取っていながら、さらにCBのバイスが攻撃に参加することもある。最終ラインからフリーで上がってくるため、自然と相手マークのズレを呼び起こし、リスクを抱えながらも有効な攻撃となる場面も多く、ポジショナルな攻撃の最後の手段とも言える。バイスが上がった時には、主にアンカーが下がってバランスを取っている。

youtu.be

攻撃全般の特徴として、狭い範囲の中で人数を掛けて強引に前進していくイメージが強い。フリーの選手を作り綺麗にボールを動かしていこうとする意図は感じられない。京都の強みとしては攻守の切り替えがあり。攻撃の局面は、あくまでも切り替えの局面を誘発するきっかけとして捉えているのだろう。強引な縦パスは、相手を自分たちのペースへと引きずり込むための重要なプレーなのだ。

 

攻から守への切り替え(ネガティブトランジション)~攻守を支える命綱~

 ボールを失った瞬間は「攻から守への切り替え」の局面と定義される。

この局面では京都はボールを失った瞬間に一斉にプレスをかける、いわゆるカウンタープレスを仕掛ける。鋭いカウンタープレスは京都を象徴する物であり、チーム内でも特に重要視されている。攻撃の局面でも触れたが、縦パスとカウンタープレスは組み合わせて運用されている。カウンタープレスの準備が出来ているからこそ縦パスが成立しており、強引とも言える前進を可能としている。

もう一つカウンタープレスの目的として、押し込んだ相手からの逆襲を防ぐ意味合いもある。失った直後にカウンタープレスをかけて相手に逃げのボールを出させることで、対人に強い2CB+アンカーで回収するというパターンを得意としている。逆に言うと、攻撃に極端に人数をかけるため、前線の選手がすぐさま守備に回らないと、カウンターを簡単に受けてしまうリスクを抱えている。

京都のカウンタープレスは各選手が一直線にボールに向かう。これは相手に寄せるスピードを重視した手法だ。複数の選手が一斉に襲いかかる様には迫力があり、ボールを奪い返すのに十分な威力を持っている。その反面、単調な動きのため、タイミングが遅れたり単騎でつっこんでしまうと簡単に外されてピンチに陥ってしまう事もある。複数の選手が同時に行ってこそのカウンタープレスであり、選手たちには体力と判断力、両面でのタフさが求められている。

 

守備 ~両極端な顔を見せるマンマーク志向~

守備の局面は大きく2つに分かれる。

・プレッシング・・・相手のビルドアップに対抗する守備

・組織的守備・・・自陣までボールを運ばれた時の守備

 

プレッシングでは、CBやGKまでプレスを仕掛ける「超攻撃的プレス」を行う。

守備時の形は433。前線3人は相手DFラインの中間ポジションに立ち追い込みをかける。そうしてボールを片側に誘導したところで、3センターの選手がボールサイドに寄せ、マンマークによってボールの出しどころを消す。SBの選手がマークを捨て前に踏み込みボールに寄せることもある。

激しいプレスを掛けるとなると問題になってくるのがウタカ。攻撃面で非常に優れた選手であるだけに、どこまでプレッシングにエネルギーを割り振るかは悩みどころ。京都のとった解決策は単純で、他の選手が頑張ること。ウイングの選手はSB、CBへのプレスがタスクとなっており2度追いするのも珍しい場面ではない。さらにIHの選手が前にでて相手CBへのプレスを行うこともある。全てはウタカの負担を減らすために行っている。プレッシングに関してはウイングの選手の負担は特に大きく、どの試合でも選手交代の第一候補となる。

ウタカ本人はというと、全くプレスに参加しないという訳ではない。あくまでもエネルギー温存の姿勢を取っているが、行くべき所、戻らなければならない所を見極めた的確なプレスを行っている。このメリハリを付けた守備は優れた戦術眼があってこそであろう。

自陣に引いた場合に行う組織的守備では、マンマークを基本とする。

京都の組織的守備は人に付く意識がかなり強く、選手同士で協力してゾーンを守るという発想ではない。それ故にゴール前でも守備ラインがはっきりせず、離れた選手間を縦パスであっさり通される場面が頻発している。さらに人に付く事を優先しすぎて危険なスペースを開けてしまう場面も見られる。

京都の組織的守備が優れているかという問いには、はっきりと疑問符を付けざるを得ない。ただし、実際の試合ではこの組織的守備を行う時間がほとんど無いことが分かる。その他の局面で十分な強みを見せているので、組織的守備のまずさにはあえて目をつぶっているという見方もできる。

 

守から攻への切り替え(ポジティブトランジション) ~最大のチャンス~

ボールを奪った直後、守から攻への切り替えの局面では京都は、ボールキープよりもカウンターを優先する。超攻撃的プレス、カウンタープレスから生まれるこの局面で、一気にゴール前に迫る切り替えの早さを大きな武器としている。ウンターに掛ける人数も多く、アンカーであっても例外なくチャンスと判断すれば前に出ていく。得点の奪う局面で有ることをチーム内でも共有されている。

youtu.be

切り替え直後というのは、敵味方ともにポジションが崩れている。その複雑な状況であっても、京都はフリーな選手を見つけ出して素早く前進する。普段からこの局面を想定したトレーニングを重ねているのだろう。

 

セットプレー ~必要に迫られたデザイン~

コーナーキック、ゴール前でのフリーキックではトリックプレーとも言えるプレーを多用する。

youtu.be

youtu.be

youtu.be

決して奇をてらっているわけではない。京都は180cmに満たない選手が多く、セットプレーで高さ勝負ができるのは、おそらくCBぐらいだろう(ウタカはヘディングの得意な選手ではない)。そのため、相手の虚を付くようなセットプレーを組み立てなければ、得点チャンスになりえないと考えているのだろう。紹介した以外にも、特にコーナーキックではよく練り上げられたデザインが披露されている。

 

ここまでピッチ上での現象を4局面+セットプレーとして分析を行った。続いてチーム作りの指針となる思想といったあたりに迫ってみよう。

 

冒険的なチームコンセプト

曺監督はドイツサッカーを好んでいることがよく知られている。特にロジャーシュミットが率いたザルツブルグに影響を受けている。レッドブルグループのスポーツディレクター、ラルフ・ランゲニックを祖とするそのサッカーは、激しいプレッシング、切り替えの早さをベースに、ドイツサッカーを席巻した。それは湘南を率いていたときもそうであったし、京都でもその特徴は現れている。

 一方で、開幕前にクラブ公式ツイッターがアップした練習風景が話題になった。ピッチには5等分するラインが描かれていたのだ。いわゆる5レーン、ポジショナルプレーから派生したポジショニングの基準を示す仕組みだ。

レッドブル系サッカーとポジショナルプレー、混沌を好むサッカーと秩序を追求するサッカー。相反する思想の組み合わせは一見すると矛盾している。これについて、クラブ周辺からは「秩序のあるカオス」と発信されている。

この「秩序のあるカオス」について、ごく個人的な考察を述べていく。

前述したとおり、京都にとってカウンタープレスの成否は攻守ともに大きなウエイトを占めている。ではカウンタープレスの威力を最大限に高めるためにはどうすればよいだろうか。ここでヨハン・クライフの言葉を引用する。

「バルサが素早くボールを奪い返せるのはどうしてか分かるかい?10メートル以上のパスを出さないから、それ以上走る必要がないからだよ。」by ヨハン・クライフ

つまり攻撃時に良いポジションを取っていれば、ボールを失ってもすぐに奪い返せる、とクライフは言っている。京都はこの「良いポジション」を達成するために5レーンを利用している。

本家の5レーン理論ではいくつかのルールを付け加えることで、攻撃時のポジショニングの基準を選手たちに与える。ただし京都の場合はそこまで厳密なルールは採用されていない。誰かが移動してレーンが空いたら別の選手が代わりに入る、といったぐらいの緩めのルールとなっている。攻撃時に狭いスペースに人が集まりすぎない様に、奪われた後のカウンタープレスをかけやすい様に、という目的のために5レーンは導入されていると考えている。「秩序のあるカオス」という言葉。補足すると「ポジショニングの秩序を利用して、カオスの局面を優位に進める」となるのでは無いだろうか。

 5レーンを導入するのなら、ポジショナルプレー的な要素をもっと取り入れて良いのでは?という疑問も思い浮かぶ。監督の好みと異なるから、というのが一番の理由になるのだろうが、一つ考えられるのは、戦術的な負荷に選手が耐えられるかどうかという点だ。ただでさえ負荷の高いスタイルである上に、攻撃時のルールに手を加えてより強みを出そうとしても、それは机上の空論になってしまうのでは無いかと思う。ここにあるのはあくまでもJ2のクラブなのだ。

 

楽をさせないサッカー

激しいプレッシングと鋭いカウンターによって相手に息つく暇を与えないサッカー。楽をさせない、それは京都の選手も同様だ。よく使われる言葉だが、戦術が選手を守るということは京都には当てはまらない。5レーンという最低限のルールは設定されているが、そのプレーは選手たちにかなりの裁量が与えられている。それ故に個々に掛かる問題を選手自身が解決する事を求められている。

 曺監督は若手を積極的に起用し、育てるという点が評価されている。若手を使うのは、負荷が高いスタイル的に回復力が必要なためという理由が一つ。もう一つは与えられた課題を解決できた時の、伸びしろが大きいという点もあるのだろう。川崎、麻田、若原といった面々は実際にスタメンとして重用され伸びた選手と言って良い。そうした個人の成長を重視しているのは、それがチーム強化とイコールだからだろう。

ここまでの京都の試合を見て、確固たる得点パターンが確立されただとか、プレッシングがより巧みになっているだとか、チーム戦術の向上があまり見られない、というのが素直な感想になる。スタメンの選び方も相手を見てのものでなく、その時点での最強と思われるメンバーを選択しているように思える。確かにプレッシング、トランジションを重視したスタイルは、否応にも相手を巻き込む事ができるため、それほど相手との相性を考慮する必要はないかもしれないが。

 選手の組み合わせという点でも気になる所はある。象徴的なのが左SBの荻原のスタッツだろう。ドリブル、クロス共にリーグ上位の記録を残しているものの、得点1アシスト1に留まっているのは、何かがおかしいのだろう。

 主導権を握り圧倒する試合を見せる一方で、一旦相手にリードを許してしまうと、お手上げとも言える展開にもなってしまう。チームスタイルが強力であるがゆえに、そういった戦術的な幅の狭さは今後の懸念事項といえる。極端な話をすると、自分たちよりも強い相手に対して勝ち筋はあるのか?という事だ。

 

まとめ

欧州のサッカー思想の取り込み、個人主義、そしてその楽をさせないプレースタイル。他には見られない特徴的なチームづくりが行われている京都。サッカーの世界において正解を定義することは難しい。それでもJ1に昇格することは正解の一つだろう。京都は覚悟を決めて走り続けなければならない。自分達の選択の正しさを証明するために。

 

参考

» Juego de Posición under Pep Guardiola

サッカーはミスが9割 (サッカー小僧新書EX001) | 北 健一郎 |本 | 通販 | Amazon

湘南のチョウ・キジェ監督、ドイツなう!あの世界的名将と対談していた

あんちゃんレポート(2/23~2/27)|京都サンガF.C.オフィシャルサイト