
百年構想リーグを最後に、曺貴裁監督の退任が発表されました。5年半という年月は終わってみれば長いような短いような・・・やっぱ長いか。一人の監督とこれほど長く付き合ったことはこれまでに無いので、節目としてこれまでに感じたことを思いつく限り書いておきましょう。
念のため、これを書いている人は、「監督の考えを理解しようと努めたが結局は納得できずに終わった」というスタンスであることを頭に入れておいて下さい。
考察はあきらめた
初っ端から個人的な話になるのですが、これは強く記憶に残っていますね。
— とめ@はんなりサッカー (@tome_beta) 2022年7月12日
2022年なのでJ1に昇格後のシーズン。選手名を見てもその当時を思い出させるツイートになっていますね。4枚の画像はそれぞれ左ウイングに入った選手がどのようなスペースでプレーしていたのかを示しています。同じポジションのはずなのに全然動き方が違うと。これは本当に悩みましたね。何か戦術的に意図があってこうしているのか、それにしては何か効果的な結果が出ているわけでもない。いったいこれはどういうことなのかと。
しばらく観察してて理由が分かったのですが、要するに人によってプレーする場所が変わってるんですね。言い換えると、それぞれの選手が一番居心地の良い得意な場所でプレーしていると。選手名と場所を見比べてみると納得できるはずです。似たようなので言えば、左SBの佐藤響ですね。京都のサイドバックでは佐藤響だけが内側にボールを運ぶ事があるのですが、これは彼がもともとボランチをやっていたから、中央でのプレーに慣れているから、そういった振る舞いをしているのだと思います。
京都というのは選手の振る舞いにチーム戦術的な意図や設計が特になかったりするんですね。攻撃時が特に顕著なのですが、各選手は自分が得意な場所、居心地の良い場所でプレーするようになります。良いように表現すると個人の裁量に任せていると。これはかなり驚きましたね。プロのレベルでそういった作りのチームがあるんですね。
選手によって動き方が違う、チーム戦術というのがそもそも無さそう、ということが分かってから、自分の中でチーム戦術の分析や考察とかしても特に意味は無さそうという結論にたどり着きました。当ブログの更新が徐々に減っていったのもそういったのが原因です。人が変われば、チームとしての動き方も変わるんだから、色々調べて考えてもしゃあないなと。
求める理想のサッカーとは
選手主体としてサッカーを組み立てる。そういう方法もあるのだろうという事にしておいて、じゃあ曺貴裁監督の理想としているサッカーって何なんだろう?よく言われているのが、トランジションを重視してプレー強度を高く、ハイプレスを軸にスプリントを繰り返す、というあたりでしょうか。そういったスローガン的なものはあるにしても、具体的に考えてみると非常にぼやっとしているんですね。
ITの専門用語を使って申し訳ないですが、曺貴裁監督のサッカーは「要件定義」はされているけれど「基本設計」がされていないんですね。
設計というのは、これは強度が高いとか、プレスを強くとかそういう抽象的なレイヤーを「要件定義」とすると、「具体的なプレー」に落とし込むことです。こういった選手の連携で崩したい。ビルドアップのパターンはこうしたい。プレスを掛けた時にここをボールの奪いどころとして設定している。この選手の強みを活かすために周りの選手をどう連携させるか、などですね。「試合を通してハイプレスをやること」は決まっているけど「どうやってハイプレスを掛けるのか」までは決まっていない。監督からの指示としては要件は決まってるから、あとは選手に任せるよというチームの様に見えました。
そうすると何が起こるかと言うと、選手ごとに出来上がる成果物=表現されるサッカーにものすごいブレが出るんですね。能力の高い選手にとっては、自分に与えられる裁量が大きく、自分への責任は監督からの信頼へと変化し、非常にやりがいのあるものであったでしょう。一方でそうでない選手にとっては、どうやってプレーで表現すればいいのか分からず、ピッチをさまよっている姿を見せることになります。仕方ないですが、若手ほど混乱する傾向は強かったですね。どんな選手かよくわからないままにクラブを去る選手も出てきました。京都は選手への依存が非常に強いと言われていますが、こういったチームの構造上、優秀な選手に依存してしまうのは避けられなかったと思います。
選手の起用方法についても同じかもしれません。あまり選手の組み合わせや適性などを考慮されているのか疑問に感じましたし、時折、見てる側が「?」となるようなことをしはるんですね。思いつく限りで書くと、宮本と三竿の偽サイドバック、川崎の右ウイング起用、途中出場とは言え麻田のCF、バヘットのCFもそうかな。申し訳ないですが、深い準備をしていたということもなく、思いつきとかその場しのぎという言葉は浮かんでしまいましたね。
なのでサッカーという競技に対する「細部にわたるこだわり」があったのか・・というのはどうだったのかな~?と思います。それだけ、選手を信頼してることの裏返しなのかもしれませんが。
環境が開花させる
京都は選手にとってはかなり厳しい環境だと思います。逆にそういった環境だからこそ、能力を覚醒させる選手が出てくるわけです。例を挙げると、福岡、宮本ですね。エリアスも該当するかもしれません。
福岡について語ると、2021年のJ2時代ではインサイドハーフをやっていたんですね。ただ本人もインタビューで度々出てくる話なのですが、行ったり来たりのトランジションを繰り返す運動量を確保できず、目立った結果も出ずに徐々にスタメンから外れていきます。再び出番が来たのは2023年の後半からですね。川崎がオリンピック代表に呼ばれ、他の選手も怪我をしてしまったことで、ようやく回ってきたアンカーのポジションでした。そういっためぐり合わせから、アンカーとしてチーム全体をコントロールする才能を発揮するわけです。福岡はフィジカル的に恵まれているとは言い難い選手ですが、代わりに戦術的な思考、ゲームを読む力に優れています。むしろその強みひとつで勝負している選手と言えるでしょう。その後、彼が居る居ないで勝敗がはっきり分かれる程の影響力のある選手となりました。そういった能力を発揮したのも、アップテンポでバランスを崩しがちなチームをコントロールすることは「自分がやらなくてはいけない」、という困難な状況あってのものでしょう。
宮本の福岡と似たような経緯ですね。当初は右SBの選手として実際に試合も出ていたのですが、怪我人が出たためにCBで出場することになりました。大元はボランチの選手だったので、中央でプレーすることにはそれほど違和感は無かったと思います。CBとしてサイズの問題はありましたが、平面での1対1の異様な強さや、ハイラインで生じる広大なスペースのカバーなど、驚異的な力を覚醒させました。この事象も、福岡と同じように、ハイラインであり右SBがほとんど居ない中での守備、という無茶ぶりを「自分がなんとかしないといけない」という状況が生み出したものでしょう。
百年構想リーグでは、原大智、福岡、宮本の離脱がチームに大きなダメージを与えましたが、それは彼らが他の選手では簡単に真似できないような、驚異的な仕事をしていたと言えるでしょう。そういった選手を生み出したのが曺貴裁・京都という環境です。
補足になりますが、エリアスという現在Jリーグ最強ともいえる選手も、京都に来るまではパッとせず、あまり試合にも出られていない選手でした。彼の能力を信じて、チームを引っ張るエースとしての全幅の信頼をおかれ、自由にプレーさせたことで、才能を開花させたと言えますね。
サッカーをハックする
ここからは嫌な話です。突然ですが、京都のハイプレスを支えているものは何でしょう。フィジカル能力や意思の強さでしょうか。それも答えのうちなのですが、それよりも重要だったのが試合中の休憩時間です。
京都はスプリントの質、量を売りにするチームではありますが、まともに90分やっては最後まで体力が持たないということも分かっていたのでしょう。それの解決策が試合中にとにかく休憩時間を作り出すことでした。30Mダッシュを連続で繰り返すよりも、一回ごとに1分でも休憩する時間があればより回数を重ねることできるであろう、というのは想像に難くないですね。
試合を見た方なら分かるのですが、京都というチームはプレーが途切れた後、リスタートまでに本当に時間を掛けます。ファウルで試合を切り、そしてスローインやコーナーキック、ゴールキックなどなど、プレーが途切れた後にはできるだけ再開を遅らせようという、チーム内での共通認識があったように思います。百年構想リーグのプレー時間の割合を示すAPTについては怖くて見られていないのですが、断トツの最下位でしょう。スプリント数については、90分換算すればプレミアリーグ級という謎の評価を受けたこともありますが、その流石に無茶がすぎる計算をするぐらいなら、逆に放っておいてほしかったです。
スプリントするために休憩する、その戦略については是非はあるでしょう。ただチームのお題目として、90分最後まで走り切る、ハイプレスを掛け続ける、と掲げていた一方で、試合ではとにかく休憩をとるためプレーする時間を短くする、という戦略が取られていたということです。試合に勝つためにはしょうがないこと、という解釈もあるでしょうが、ただこの矛盾、自分には納得いくものでは無かったですね。雑に言ってしまうとカッコ悪いなと。
もう一つ、試合中に休憩をとる戦略はサッカーのルールの穴をついたものだということですね。確かに再開を不必要に遅らせる行為には警告がでますが、厳密にそれが適用できるのかという問題もあります。スローインでは一度投げる構えを見せてから別の選手にボールを渡す、ゴールキックを蹴る前に間をあけるであったり、警告を出すまでも無いというぎりぎりのラインを繰り返すことで、休憩時間を担保していました。確かに再開までの時間がそこまで厳密に定められているわけではありません。ただ書いてないからといって利用するというのも・・ねえ。これもほんとに個人の感覚になるんですが、そこまでやらないといけないのかな?という気持ちでした。
残念だったのが、京都の選手達はスプリントを繰り返すためのトレーニングは十分に積んでいたように思います。他のチームの選手たちよりもずっと走れるようになっていたとも思います。小細工に頼らず、相手よりも優れた自分たちの能力に自信を持って、それを上手く使えるようになってほしかったという残念さがずっとありましたね。
これは書いていて思ったのが、結局のところ、曺貴裁・京都というのは勝つためには何でもやるぞという、開き直ったチームだったんでしょうかね。
ファウルに関しては・・そうですね、辛かったですね。強く行くために結果的にファウルになるのは仕方ないんだという意見がよくありますが、毎試合、相手選手が痛めて動けなくなっているのを見るのは、かなりメンタルに来ましたね。試合を楽しむ前に、相手選手に怪我させるんじゃないかという心理的ハードルがあるのは、かなりのストレスでした。京都以外の試合を見ることがあるのですが、危ないファウルの場面が少なくて安心して見ることができるんです。それがいかに大切なことなのか、一度考えたほうが良いっすよ。
ついでに思い出しました。2024シーズンのアウェイ町田戦、後半40分から途中出場した京都の選手が、危険なタックルを繰り返し5分後には警告、あまりのひどさに町田の選手がぶち切れるということがありました。当時の町田は試合が荒いと悪評を受けていた時期なんですが、その町田の選手にキレられたのには落ち込んじゃいましたね。うちのチームはここまで堕ちたのかと、ほんとに情けなかったです。
2025年の輝き
ご存知のとおり2025年はリーグ戦3位と躍進をとげる年となりました。まだDAZNでフルマッチを見られるので、改めて見返してみるとやっぱりいいチームですね。今後京都でこういったチームが見られるのかは・・ちょっと想像しにくいですね。それくらい完成度が高く、強いチームでした。
その強さについては色々と言われていますが、大きく括ると、前進方法を2つ用意出来たことでしょう。
一つ目はターゲットマンの原大智を使ったロングボールでの前進。これは今まで通り。それに加えて宮本と福岡が中心となった、ショートパスでの前進が可能だったのが2つ目です。もちろん主となっていたのはロングボールだったのですが、相手がそれを警戒して後ろに引き気味になれば、ショートパスで前進を行います。こういった2段構えの前進方法が相手の対処を難しくし、前線の才能豊かなブラジル人たちにボールを届けることができました。
見返して思ったのが、2025年はこれまでの京都が持っていた「尖り」がだいぶ薄れているように感じました。もちろんハイラインハイプレスの主原則は変わらないのですが、プレスを掛けるにしても闇雲にかけるのではなく、プレスのチャンスが来た時に掛ける(エリアスがスイッチを入れるのがとても上手い)。攻撃もそうですね。縦に早くだけでなく、じっくりとボールを回してサイド深くを攻略してクロスを上げるなんて攻撃をしていました。ピッチの幅をいっぱいに使い、選手同士で3角形を作り、変に縦に急いだりもせず、とにかく全体のバランスが良かったように思います。
その一方で次の年、移籍した選手を除くと、2025年に活躍した選手が軒並み怪我やコンディション不良に見舞われます。
- 怪我: エリアス、マルコ、福岡
- コンディション不良: 福田、須貝、平戸、奥川、
2025年には強制的に休養をとることになっていた、ジョアン・ペドロがやたら元気なことからも、ちょっと無理をしてしまったんだろうなと思います。もちろん優勝もありましたし、無理をする場面ではあったのですが。
選手の離脱に加えて、百年構想リーグでは、なんだかおかしなサッカーになっていますが、2025シーズンで見せていたサッカーを踏まえると、監督の出した要件に対して、一体誰が設計を行っていたのか?というのは非常に興味深い問いになりましたね。
クラブと歴史が要求した監督就任
クラブにとって曺貴裁監督の就任というのは、絶妙なタイミングでしたね。その判断は素晴らしかったと思います。
その当時の京都というのは、とにかく勝ちに飢えていました。2020年に亀岡スタジアムが開業し、それに合わせてウタカやバイス、森脇らの積極的な補強も行い、J1に上がるんだという機運も高まっていましたが結果は8位と振るわず。そこで実績十分な曺貴裁に白羽の矢がたったということなのでしょう。所々のリスクを飲み込んで、それでもJ1に上がるために、という執念を感じた起用でもありました。
J1に昇格後も曺貴裁監督のサッカーというのは、戦力が劣るチームが残留を果たすために必要なサッカーでもありました。明確に選手能力に差があるチームとの対戦になると、おおよそ対抗策は2つに分かれます。1つ目はとにかくゴール前の守備を固めて0-0の時間を無くし、あわよくばセットプレーやカウンターでの1得点を狙い守り切る。もう一つは、ペース配分を考えずに最初から走り回って先制点をもぎ取り、あとはなんとか粘って失点しないことを祈る。曺貴裁監督のサッカーはもちろん後者のタイプになります。こちらのサッカーはリスクはもちろん高いですが、守備を固める戦略に比べれば、勝ち点3を取れる可能性が見えてくるものです。大負けすることはあっても、3試合して1勝2敗であれば、残留を果たすためにはそれで十分なわけですね。
そこまで計算して曺貴裁に託したということは無いとは思いますが、結果的に残留を続け、クラブが目指したミッションを見事に成功させたわけです。その中では何度もピンチがありましたが、これは監督だけではありませんね、そのピンチを乗り越えたクラブに関わる全ての人の成果と言えるでしょう。そうしてクラブが大きくなる流れに乗り、次のステージに向かう段階にたどり着いたところで曺貴裁監督の退任というのも、これもまた適切なタイミングではないのかな?と思います。
バッドエンドで終わらせてはいけないから
自分は、ピッチで起きていることがそのクラブの全て、という考えかたなのでピッチ外のことでは触れないようにしてました。監督のキャラクターも同じですね。それはピッチで表現されているものの評価には含められないですし。
それでも最後にちょっと触れておくと、監督の振る舞いはちょっと危なっかしい所はありましたね。毎年のようにゴール裏サポーターと小競り合いをしていましたし、特定の選手とは明らかに上手く言ってなかったんだろうなという場面もありました。監督の進退に関わるような大きな事件が起きなかったのには、本当にほっとしています。
監督の選手を引っ張る言葉の力というのがよく語られています。実際そのとおりで、非常に弁が立つ方なんですよね。それがちょっと自分にとっては逆の印象になったんですよね。これまでの自分の経験がそうさせてるんですが、言葉が上手すぎるだけに余計に注意して話を聞かなければならないタイプの人と自分の眼には映っていました。何か重要なことを隠してるんじゃないか?みたいなね、やり手の営業の人と向き合う時の気持ちです。
一番は監督の口から語られていることと、ピッチで表現されていることの差異になるかな。そこに違いがあったのには、納得しかねる所がありました。もちろんプロの監督なので、全て本当のことを話す必要はないのですが。話が抽象的で言葉が綺麗すぎて、その場では筋が通ってるんだけど、長い目でみると、あれ?この前と言ってること変わってない?ということが割とあったんですね。そういう所が自分はいまいち信用しきれなかったんだよなー。
自分のような、外の人間にとっては、その舞台役者のようなパフォーマンス(あえてそう書きます)は、本音と建前を感じさせるものでした。いつになったら本音を語ってくれるのだろうと待ってはいましたが、それは遂に叶わなかったのかなと思います。それが内と外との違いでしょうか。番記者の方が「内側と外側で言葉の受け取り方や空気感が違う」と困惑されていましたので、内側では本音で語りかけていたのだと思います。そう信じようと思います。
ただ、やり方の是非はあれど、曺貴裁監督が京都のために身を粉にして取り組んでいたことは間違いないです。そうして京都サンガを大きくしてくれたことには、感謝しています。くれぐれも健康には気をつけて、次のチャレンジにも一生懸命に頑張って下さい。お疲れ様でした。