◆はじめに
サッカーの戦術分析に欠かせない存在となった”バーフスペース”という概念とそれを利用し発展させた”5レーン理論”があります。
日本ではようやく紹介され始めた用語で情報としてはまだまだ少ないのが現状です。
ここまで自分が学んだことを備忘録の代わりとしてまとめること、
そしてサッカーの戦術に興味を持った方に向けて、少しでも理解の手助けになればと思いこの文章を書きます。
ハーフスペースとは?
- フィールドを分割する
サッカーの試合ではいくつかの局面があります。
攻撃、攻撃から守備への切り替え(ネガティブトランジション)、守備、守備から攻撃への切り替え(ポジティブトランジション)。
これら4つの局面に対して、選手がフィールドのどの場所に居るべきかを決める手段として、フィールドを分割する方法が使われていました。
(引用元:https://spielverlagerung.com)
この図の様にフィールドを縦に3分割、横に6分割して18個の四角を作るのが分割する方法の一つです。
- 5レーンの定義
フィールドを縦に分割した領域をレーンと呼びます。他に”チャンネル”という呼び方もありますが、ここではレーンという用語を使います。
通常フィールドを分割するときにはセンターとアウトサイトといった具合に3つのレーンに分けられていました。
その後戦術の研究は進み、領域の性質をより細かく分析するためにドイツのサッカー界でレーンの種類を増やすという考えが生み出されました。新しいレーンは中央とアウトサイドの間に追加されました。中間を意味するドイツ語である”Halbraum”から中間のレーンはハーフスペースと呼ばれています。
タッチラインからペナルティエアリアの外側までのレーンを、アウトサイドゾーン。
中央のセンターサークルの幅のレーンをセンターゾーン。2つの間のレーンがハーフスペースです。
この様に区分けすると図の様にフィールドを5つのレーンに分けることができます。
なお、センターゾーンとアウトサイドゾーンという名前は自分が付けたもので、一般的に使われている言葉ではないかもしれません。
その点は注意してください。
- 3種類のレーンの特徴
将棋やチェスでもそうですが、サッカーでも同じようにフィールドの中央が最も重要です。ゴールに直接通じている領域なので、中央つまりセンターゾーンを支配することが出来れば試合を支配することにつながります。それゆえに相手チームも人数を掛けて厳しく守りを固めるレーンでもあります。
一方でアウトサイドゾーンは直接ゴールに結びつけるには難しいレーンです。ゴール前からフィールドの外側から中央にパスすることをクロスと名付けられているように、アウトサイドゾーンからゴールへ向かうには一手間必要になります。そのため守備側の優先度は低く、センターゾーンに比べると守備の強度は低くなるレーンです。
残りはハーフスペースです。
ハーフスペースは中間を意味する様に、センターゾーンとアウトサイドゾーンの中間の特徴があります。つまりセンターゾーンよりも守備の強度は低く、アウトサイドゾーンよりもゴールに向かいやすいレーンです。この特徴から得点を取るために最も適しているレーンなのではないか?と考えられています。
3種のレーンの特徴をまとめると、
守備の強度 弱 アウトサイドゾーン < ハーフスペース < センターゾーン 強
ゴールへの向かいやすさ 易 センターゾーン < ハーフスペース < アウトサイドゾーン 難
この様になります。
ボールは1つ、ゴールは2つ、11人対11人がサッカーの構成要素である限り、
これら3種のレーンの特徴が変わることは無いでしょう。
ハーフスペースの利点
3種のレーンの特徴からハーフスペースが有用であることを書いて来ました。
さらにハーフスペースを使うことで得られるメリットを細かく見ていきます。
- 視野の確保
(引用元:https://spielverlagerung.com)
人の視界は垂直方向に160度、水平方向におよそ180〜200度と言われています。これによりフィールドに立っている場所によって見える範囲が変わってくるということです。
センターゾーンでパスを受ける場合、パスの出し手とゴールを同時に見ることができません。半身になったとしても守備の厳しいセンターゾーンで視界から外れたディフェンダーを相手にするのは困難です。
一方で、ハーフスペースでは内側に体を向けることにより、フィールドの大半を視野に収めることができます。周りの状況を把握しつつ、さらにパスの出し手とゴールを同時に視界に入れることができます。
ハーフスペースが視野の広さという特徴は、センターゾーンにいる選手との連携にも良い影響を与えます。2つのレーンは隣り合っているので、ハーフスペースでボールを受けた時にセンターゾーンにいる選手も視界に収めることができます。これによりセンターゾーンに居る選手と連携をとりゴールに迫る事ができます。ハーフスペースを使う事でセンターゾーンに居る選手をより効果的に活用できるのです。
- プレー選択肢の多さ
センターゾーンにはプレー選択肢が多く存在します。単純に言えばボールの移動方向で8方向に動かす事が可能です。プレー選択肢がたくさんあるという事は、それだけ相手が対応しづらいということで、中央を使うことが出来れば試合を有利にすすめることにつながります。
一方でアウトサイドゾーンでは選択肢は少なく5方向に限定されます。選択肢が少ないという事は相手にとって次の展開が読みやすく対応しやすくなります。
ではハーフスペースではどうでしょうか。
ハーフスペースでのプレー選択肢はセンターゾーンを同じように8方向に維持されます。これにセンターゾーンに比べて守備の強度が低くなるというレーンとしての特徴を組み合わせることによって、相手に対応されにくいプレー選択肢が実現されます。
- 2種類のレーン移動
プレー選択肢についてレーンを観点としてみましょう。
あるレーンから隣のレーンに移動する時、ハーフスペースだけ異なる2種のレーンを選択できます。
アウトサイドゾーンからは隣のハーフスペースのみで、センターゾーンは左右を選べますがハーフスペースに移動することは変わりません。
ハーフスペースから異なる種類のレーンに移動できるということは、
ただ左右に移動するだけでなく次に移動するレーンの特性を選べるということです。
センターゾーンはゴールに近づきますが、ボールを失うリスクが高くなります。
反対にアウトサイドゾーンではゴールからは遠ざかってしまいますが、守備は緩まりボールをキープしやすくなります。
このようにリスクとリターンを選択できるのはハーフスペースだけが持っている特徴です。
- 複雑な対応を迫る
ハーフスペースを活用することで守備側に複雑な対応を迫ることができます。特に4バックに対して極めて有効になります。
ハーフスペースはサイドバックとセンターバックの中間に当たります。
どちらのDFが対応してもディフェンスラインに穴を空けてしまいます。
この時攻撃側の選手を配置することによって(主に3トップ)さらに厳しい状況を突きつけます。
もちろんこれは極端な例でここまで上手く行くことは少ないですが、ハーフスペースが4バックを攻略する鍵となることは確かです。
ハーフスペースを巧みに使うチームが徐々に増え、4バックでは守ることが難しくなって来ています。(特に力量の劣るクラブ)
今後5つのレーン全てにDFを配置できる5バックを採用するチームが増える事は十分に予想されます。
サイドチェンジとハーフスペース
守備の基本的な考え方は、選手間をコンパクトにしてボール近くに密集をつくる事です。
この守備陣型に揺さぶりを掛ける方法として大きく横にボールを動かすこと(サイドチェンジ)は有効です。
ボールを大きく移動させることで守備側の選手が再びボール周辺に密集を作るための時間をかせぎ、守備ブロックに隙を作ることが狙いです。
サイドチェンジについて5つのレーンを基準に検討できます。
- 移動するレーン数
相手をゆさぶるという観点でみると、移動するレーン数が多ければそれだけ相手を動かせるということになります。
ここで3レーン以上移動するサイドチェンジを考えてみましょう。
ここでポイントになるのが長いパスを通すということはそれほど簡単ではないという事です。
距離を長くしようをするとそれだけ強く高いボールが必要になりコントロールが難しくなります。
加えて滞空時間も長くなり相手にポジションを修正する時間を与えてしまう可能性があります。
横に長いパスを通したとしても単純にサイドを変えるというだけでは不十分です。
相手守備陣をゆさぶるという目的を達成するためには3レーンを越す距離のサイドチェンジはあまり有効では無いのかもしれません。
- 各レーンからのサイドチェンジ
残りは2つのレーンを移動するパターンになります。
この距離ならばそこまでキックの精度を求められずグラウンダーでパスを出す事も可能です。
2つのレーンを移動するのは3種類あります。
- アウトサイドゾーン → センターゾーン
確かに2レーン移動して相手を動かすかもしれませんが終点が守備の厳しいセンターゾーンになります。
さらにアウトサイドゾーンではプレー選択肢の数は限られているので、サイドチェンジ自体を相手に予測されカットされる可能性もあります。
あまり良い選択では無さそうです。
- センターゾーン → アウトサイドゾーン
この例では守備の固いレーンから弱いレーンへと移動するのでサイドチェンジを成功させる可能性は高いです。
気になる所として、終点がアウトサイドゾーンになるためそこからの展開に乏しいというところです。
例外として強力なサイドアタッカーがフリーでいる場合です。これなら有力な選択肢になり得ます。
- ハーフスペース → ハーフスペース
ここまで書いてきたようにハーフスペースにはいくつかの利点(プレー選択肢の多さ、視野の確保)があります。
ハーフスペース間でボールを移動させるという事は、相手を動かしつつハーフスペースの持つ利点を維持できるという事です。
相手を揺さぶった後にさらに復数の選択を迫ることができます。
2レーン移動するサイドチェンジとしてはこのパターンが一番のようです。
カウンターアタックとハーフスペース
まず初めにカウンターアタックを定義すると、”相手の守備陣形が整う前に攻撃を完遂させる。”になります。
カウンターアタックを成功させるために重要なのはスピードです。
得点の可能性を高めるには相手が守備を整える前にゴールに迫りシュートを打つ事です。
ここでもハーフスペース意識することで攻守ともに改善できる可能性があります。
- ハーフスペースの幅による揺さぶり
カウンターアタックの性質上、守備の人数も少ないですし同じように攻撃者も少なくなります。
おそらく3対2、4対4と言った局面が予想されます。
このような状況では相手を横に揺さぶるためにアウトサイドゾーンを使う必要はありません。
ハーフスペースで似たような効果を作り出す事ができます。
相手を動かそうとしてアウトサイドゾーンにボールを動かしてしまうと、
それだけボールはゴールから離れることになり、攻撃のスピードは落ちてしまいます。
スピードが落ちるとそれだけ守備が戻る時間を作ることになりゴールの可能性は低くなります。
ハーフスペースの幅でボールを動かすことによって、守備への揺さぶりと攻撃のスピードを両立されることができ、
カウンターアタックの成功率を高めることにつながります。
- カウンターの脅威を減らすには
守備側の立場からみるとカウンターアタックは大きなピンチです。
前述した攻撃のスピードとハーフスペースの関係を利用して、失点の可能性を減らす事ができます。
カウンターアタックで重要なのはセンターゾーンと左右のハーフスペースの3つのレーンを使うことです。
そこで守備側の対応としてあえてアウトサイドゾーンの守備を捨ててハーフスペースに移動することにより、中央の最も危険なスペースに人数を掛ける戦略があります。
相手の攻撃のスピードを落としそのままボールを奪い返す、もしくはアウトサイドゾーンにボールを誘導させる事が守備側にとってカウンターアタックを防ぐ有力な選択肢になり得ます。
5レーン理論
5レーン理論とは、フィールドを5つのレーンに分ける手法を発展させたポジショニングのルールです。
フィールド上に選手同士を結んだ三角形を多く作りだし、チームとして安定したボール保持を実現する事が目的です。
グアルディオラがバイエルンの監督時代に実践し、大きな成果を上げたことよって知られることとなりました。
- シンプルなルール
5レーン理論の中身は3つのシンプルなルールから成り立っています。
「1列前の選手が同じレーンに並ぶのは禁止」
「2列前の選手は同じレーンでなくてはならない」
「1列前の選手は適切な距離感を保つために隣のレーンに位置することが望ましい」
引用 ポジショナルプレーの実践編。選手の認知を助ける5レーン理論
ルールに沿ったポジションを取ることによって自然と三角形が作られます。
これによってパスコースが確保されて安定したボール保持につながります。
- 正しいポジションとは
5レーン理論は基本的にすぐ隣にいる味方のポジショニングによって選手自身のポジショニングが決まります。
選手全員がルールを理解すれば個々人がポジショニングを修正し、結果としてチーム全体として機能する形がつくられます。
5レーン理論が優れているのは具体的なルールでポジショニングを定めていることです。
これまでポジショニングの良さは受ける場所と角度が良い、距離感が良いという様に語られてきましたが、
そのような属人的な曖昧さが排除されているのです。
◆終わりに
ここまでハーフスペースと5レーン理論について説明してきました。
この2種の用語はごく最近になって作られました。
けれども、これまでの長いサッカーの歴史の中でハーフスペースを上手く使っていた選手はおそらくいたでしょうし、
意図せず5レーン理論を実践していたチームもあるでしょう。
試合を分析することでこの2つの概念が浮かび上がり、名前が付けられることになったのでしょう。
これまでに形が無かった物に名前を付けるのは大切な行為です。
名前を付けることでこれまで意識されていなかった概念は質量を持ちはじめます。
そうすることで誰もがその概念を意識し、理解につながるようになります。
フィールドを5つに分けてハーフスペースを定義し有用性を見い出したのは偉大な発見と言えるでしょう。
自然科学の世界で「巨人の肩に乗る」という言葉があります。
巨人、つまり偉大なる先人たちの研究、発明、発見、分析、調査などが積み重なって今が成り立っているという意味です。
これはフットボールの世界でも同じことが言えるのではないかと考えています。
私達は巨人ではありません。けれども巨人の肩に乗る事はできます。
そうすれば巨人と同じ風景を見ることができます。あるいはもっと遠くまで見ることができるのでは無いでしょうか。
参考
https://www.footballista.jp/special/37355 L’Ultimo Uomo 戦術用語辞典①「ハーフスペース」
https://www.footballista.jp/column/38772 ポジショナルプレーの実践編。選手の認知を助ける5レーン理論
https://spielverlagerung.com/2014/09/16/the-half-spaces/ spielverlagerung.com The Half-Spaces