ギラヴァンツのサッカーが面白い。
組織されたチームは一つの生き物の様であり、選手たちは躍動し、攻守に渡って積極的なプレーを見せている。試合内容が良いだけでなく、成績も付いて来ている。今の時点で、J2リーグのベストチームの一つであろう。
基本的なスタメンは以下の通り。
チーム戦術の都合上、消耗の激しい2トップの池元、鈴木はディサロと町野のペアに変わる事はあるが、中盤から後ろのメンバーはほぼ固定されている。
所属している選手は30歳以上が5人と少なく、スタメンでも25歳以下の選手が6人という非常に若いチームだ。その中にはJ1から期限付き移籍で獲得した選手も多く、資金面でのアドバンテージが無い事が伺える。
このチームを率いるのは小林伸二。長きに渡りJリーグのクラブで指揮を取り、大分、山形、徳島、清水といった資金面で恵まれていない地方クラブをJ1に昇格させたことから、昇格請負人と称される名将だ。そして2019年、J3のギラヴァンツ北九州の監督に就任すると、前年には最下位だったチームをJ3優勝に導くという離れ業を披露し、また一つ勲章を手にしたのだ。
現在ギラヴァンツ北九州の順位は4位(8月6日時点)、好調を維持し続けている。果たして名将はどの様なチームを作り上げたのだろうか。
チームを分析するにあたり、例によって「レナート・バルディの分析フレームワーク」を用いる。サッカーの試合を、「攻撃」「攻撃から守備への切り替え」「守備」「守備から攻撃への切り替え」と4つの局面に分け、それぞれにどの様な振る舞いをしているのかを分析することで、チーム全体の姿を明らかにするのが狙いだ。
まず前提になるのが、北九州は非常にフィジカルに優れたチームであるということだ。体格としてはさほどでも無いが、運動量に優れ、競り合いに強く、キック力の高さから全体的なパススピードも速い。これから解説する4局面の振る舞いは、フィジカル能力の高さをベースとしている。
- 攻撃 ~小林流3ー1ー6~
- 攻から守への切り替え ~必然的に選ばれる即時奪回~
- 守備 ~罠に掛けるプレッシング~
- 守から攻への切り替え ~ボールを大事に~
- まとめ ~ダークホースと呼ぶのはもったいない~
攻撃 ~小林流3ー1ー6~
攻撃での振る舞いが、このチームを印象的に見せている。
スタートポジションである4ー4ー2から、ボランチの加藤が左サイドに落ちる動きをして、スリーバックに変形する。左右のSB(サイドバック)は高い位置に移動する。そしてSH(サイドハーフ)の二人は共に内側にポジションを取る。結果として3ー1ー6の様な配置となる。
北九州の攻撃は後方からショートパスをつないだビルドアップから始まる。この時、前線に直接ボールを当てる、裏のスペースの狙わせるといった、 直線的にゴールに向かうロングパスを出すことはほとんど無い。
自陣からボールをつなぐビルドアップの目標は、フリーで前を向ける選手を作る事だ。後方に位置する3+1の選手がひし形を作り、相手の第一守備ライン(FW主体の2~3人でのプレス)の突破を目指す。
ひし形は三角形を2つ組み合わせた形にあり、ボール保持に有効な形とされている。そして左右に大きく広がる事により、相手のプレスを間に合わせなくする狙いがある。そうして前を向いてボールを持つ時間を作り、敵陣への侵入を開始する。
北九州では左CBに移動するボランチの加藤が起点となることが多い。これはポジションによるプレスのかかりにくさと、ボールを扱う技術の高さからであろう。
相手が人数を増やしてプレッシャーを掛けてくると、ゴールキーパー(GK)を使ってプレスを回避するという手法が取られる事がある。北九州はGKをあまり使わない。もちろんGKにボールを下げる場面はあるのだが、ボール保持に固執することなくそのまま大きく蹴り出す回数が多い。これはGKの技術に不安があるため、失点につながるミスをするリスクを嫌っての事だろう。逆に言えば、この点を改善できればビルドアップの安定感がより増す可能性がある。
ビルドアップに成功すると、敵陣に侵入してのポジショナルな攻撃に移行する。
ポジショナルな攻撃では前線に6人送り込んでいる事を生かした攻撃を仕掛ける。両サイドの高く上がったSB(サイドバック)は常にライン際に位置することにより相手守備陣形を広げる役割を担っている。そうして出来た守備ブロックの隙間を狙うことを、ポジショナルな攻撃の1手目と位置づけている様だ。
注目すべきは北九州の選手の間受けの上手さだ。特に右SHの高橋、左SHの椿はターンの技術に優れている。強い縦パスが送られても足元に収め、なんなく前を向いてしまい、相手守備を一気に危険な状況に追い込むのだ。
中でプレーする選手はこのターンの技術が必要であると、小林監督は広言している。北九州のポジショナルな攻撃を成立するための重要な技術となっている。
相手をゴール前まで押し下げると次の段階へと移る。中央に集まる4人の連携プレーでチャンスを作ろうとするが、当然ながら守備も寄せを強めるくる。そこでサイドから崩しを狙うことが多い。
主に、FW、OH、SBの3人が連携し、PA(ペナルティエリア)端の通称ポケット(ニアゾーン)と呼ばれるスペースへの侵入を狙う。さらに右サイドではボランチの國分、左サイドでは加藤がサポートに入り、ボールの逃げ場所となっている。
↓00:20~00:40
サイドアタックでの持ち味は左右で異なり、右サイドでは右SB福森の鋭いクロスが威力を発揮し、左サイドでは左OHの椿が中心となる。椿はチームにおいて貴重な質的優位を持ち、1対1での突破を期待できるサイドアタックの決め手となる選手だ。
左右のSBが幅を取って常にライン際を保っているために、サイドチェンジは常に有力な選択肢となっている。ボランチの國分は両利きといえるほど両足を遜色なく扱えるため、視野を常に確保することでスムーズにボールを展開し、幅の広いダイナミックな攻撃を作り出すのに一役買っている。
それにしても前線に6人配置するのはかなり大胆な戦術だ。ともすれば、味方同士でスペースをつぶしあい、攻撃が停滞しかねない。しかし、北九州の試合ではその様な現象は見受けられない。
ピッチを縦に5つに分割してポジショニングのルールを決める、5レーン理論というものがある。北九州もそれに似たルールを設定していると想像される。
前方に位置する6人の選手は互いに同じ列に並ぶ事がない。後方からのパスコースを作る動きは、前後に移動するのに留めている。
また一番ライン際のポジションは優先度が高く、SBが上る前にOHが開くことが有る。その場合にはSBが一つ内側に入ってくる。味方同士が縦に重ならないように気を使っている様だ。
今の所、把握できたのはこの程度にとどまる。ただ、狭い中央でワンタッチパスを絡めて突破するシーンもあり、より細かいルールが設定されている可能性はある。
ここまで攻撃の局面を分析したが、非常にユニークなのに加えて良く整頓されているという印象だ。この攻撃面での戦術について小林監督は以下の様に答えている。
天野コーチは戦術に長けているコーチです。ウチの選手の特徴を踏まえて、相手の攻撃をこう封じるんだ、相手の守備をこう崩すんだ、というところまでを映像で示してくれました。彼の分析力は確かなものでしたし、浦和レッズで長くコーチを務めていたので、ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ=現コンサドーレ札幌監督)の下で良い経験をして、例えばウイングバックを高い位置において主導権を握るサッカーに対する知識は今季のウチでも大いに生かしてくれました。
元浦和レッズの天野コーチの影響が大きい様だ。確かにミシャ式と似た雰囲気はあり、より深い分析のための手がかりとなりそうだ。
攻から守への切り替え ~必然的に選ばれる即時奪回~
ボールを失った局面である「攻撃から守備への切り替え」。北九州はここではボールの即時奪回を目指す、カウンタープレスを仕掛ける。「攻撃」の局面で説明したとおり、北九州は攻撃に多くの人数を割く。漠然とゴール前に守備に戻るだけでは、失点を免れるのは難しい。
攻撃に人数を掛けているのであれば、ボールを失った場所の周辺には選手が必ずいるはずだろう。そうなると守備への切り替えを素早く行う事が最も効果的な守備になるのは間違いない。カウンタープレスをセットで運用することで、小林流3ー1ー6システムは初めて機能する。
北九州の選手は良く鍛えられ、鋭いカウンタープレスでボールを奪い取る。それでもやはり、リスクのある戦術であるのは間違いない。カウンタープレスを外されて一気にゴール前まで運ばれるシーンは、ほとんどの試合で見かける光景だ。
そうなった場合でも、多くの選手が全力でゴール前まで帰ってくる。
↓カウンターを防いだ場面 1:30~1:41
この場面ではカウンターを受けたにも関わらず、最終的にPAでは6対2となり、大きな数的優位を作ることに成功している。J2であるため攻撃側の選手のクオリティによる所もあるが、ロングカウンターを受けたとしても、多くの選手が帰陣することでなんとか失点を免れている。各選手のスプリント能力の高さと諦めない意志は北九州の大きな強みだ。
実は北九州は10試合で7失点と極めて失点の少ないチームである。非常に攻撃的な布陣を引くにも関わらすこの失点数で収めているのは、それだけ「攻から守への切り替え」の質が高いという証明になるだろう。
守備 ~罠に掛けるプレッシング~
守備の局面は大きく2つに分かれる。
・プレッシング・・・相手のビルドアップに対抗する守備
・組織的守備・・・・自陣までボールを運ばれた時の守備
プレッシングでは、442の形で相手のCBやGKまでプレスを仕掛ける「超攻撃的プレス」を行う。
相手ゴール前の高い位置からプレスになるため、やみくもにボールを追いかけるだけでは逆に相手の攻撃を促す結果になりかねない。ボールを取りどころを明確にするため、プレスのきっかけとなる2トップの動きが特に重要になる。
プレスにおける2トップの役割として、コースを制限することがある。北九州のFWは、先にパスコースを塞いでから相手に寄せていく。この動きで相手の選択肢を限定させ、さらDFラインを押し上げてコンパクトにすることでパスコースを消してしまう。こうして相手が困り、アバウトに蹴られたボールを奪ってしまうのが、北九州の守備のパターンだ。
こうした守備を基本とするため、いかに相手より先にボールに触れるかという能力がDFラインの選手には求められている。CBの村松は身長が171cmしか無いにも関わらずスタメン出場を続けられているのは、チームに求められている読みの鋭さと出足の速さに優れているからだろう。
ちなみにこのプレス戦術はツートップへの負担がかなり大きい。そのためプレー時間を決めて交代する策が取られている。およそ60分あたりで2トップをそのまま入れ替え、プレスの強度を担保している。 5人の選手交代で運動量を保つといっても、過密日程にも関わらず、超攻撃的プレスを90分続けられるのは驚異的であると言うしか無い。
前線からのプレスを外されて、自陣までボールを運ばれた場合の組織的守備では、選手間の距離を縮めてスペースを消す事を志向している。4-4の守備ブロックを作り、2トップまでもが守備に戻ってくるのも珍しくない。
超攻撃的プレスでも同様であるが、「攻撃は広く、守備は狭く」というセオリーを忠実に守っているようだ。
守から攻への切り替え ~ボールを大事に~
ボールを奪った直後の「守備から攻撃への切り替え」の局面は以下の2つに分けられる。
・ミドル/ロングトランジション・・・自陣でボールを奪う
・ショートトランジション・・・相手陣内でボールを奪う
ミドル/ロングトランジションでは縦に攻撃を急ぐのではなく、スローダウンしてショートパスをつないでいく。そうして自分たちの配置を整えて、「攻撃」の局面に移行することを目指している。
もちろん、プレッシングが成功して相手陣地でボールを奪った場合には、そのままゴールを目指す速攻をしかける。
↓1:21~2:07
まとめ ~ダークホースと呼ぶのはもったいない~
ここまで北九州の4局面での振る舞いを見てきた。非常に大胆で思い切りの良い戦術を取っているように見えるが、破綻が起きないよう局面同士のつながりを意識した設計が施されている事が分かる。
また、チーム戦術を成立させるために必要な個人能力を把握し、身に付けさせているのにも好感が持てる。北九州の選手を見ていると、良い意味で印象に残らない。これはどの選手も同じ様な技術を持っているということに起因する。
ボールを受ける時の体の向き、相手とボールの間に体を入れる、最小限のタッチでパスをできるボールの置き方、プレッシングの方向づけ、など。非常に細かいプレーではあるが、細部をおろそかにしない小林監督の指導が行き届いているに違いない。
最後に小林伸二監督について触れておこう。
これまで小林監督の作るチームというのは、どちらかというと守備が強く、手堅いサッカーで勝ち点を稼いでいくイメージがあった。しかし北九州は攻守に渡って主体的にプレーしている。
このサッカーの変化について、監督自身が以下の様に答えている。
――それだけいろんな地域のいろんなクラブで指揮を執られて、つねに「小林伸二のサッカー」を続けてこられたイメージです。
でも、自分のスタイルはあるとしても、サッカーそのものが変わってきている中では自分のスタイルを変えていく必要もあるじゃないですか。それは経験そのもので行くわけではなく、いろんなソースをかけながら変化をもたらすという意味では、また新しい経験なんですよ。また新しいスタッフと出会って、自分が出来ないこと、自分が疑問に思っていることを取り入れたりもします。自分がこう思うんだけど、というところでフィジカルコーチが来てくれたり、もっと攻撃的なサッカーをするために、と天野賢一ヘッドコーチが来てくれたり。自分は守備というところは安定して教えられるけど、それをもっと攻撃的にするためには、実はそういう人たちのソースを入れて、組織を作っているんですよ。
徳島はJ1に上がっても通用しなかったんだけど、やっぱり守るだけでは無理で、少しでも攻撃が出来るようにならなくちゃいけない。それがなかなか難しくて。清水に行ったときも、守備はさせた上で、攻撃的なチームに変えていくのがいいなと。清水はそうでしたね。
それと合わせて、いまの育成年代の選手たちが、ガチガチの守備のチームではなく、ボールを持つサッカーに変わってきている。であれば、ボールを奪われずに回せるようなポジションを取れ、切り替えの早いチームを作る必要があると考えていたんです。落として守って守備を安定させるよりも、もっと前で何かが出来ないかと。そちらのほうが、いまの育成年代の選手たちにとっては多分、機能するのではないかなというのがあって、それをどこかでやる機会がないかと思っていました。自分の挑戦です。
(中略)
いまは高い位置からプレッシャーをかけて奪い、主導権を自分たちで持つサッカーを目指しています。すごく不安なんですけど、それをやっている。そういうふうに、自分の中で自分のサッカーは変わってはいるんです。守備をどうやって安定させるかとか、どうやって奪うかという部分だったり、奪った後にどうやって自分たちで主導権を握るかというところが、少しずつ変わってきていると思います。いまのユース年代の選手たちはそれが上手いんですよ。それを利用したほうがいいと、僕は思ってるんですよね。
時代が変わり、選手が変わり、サッカーも変わっていく。 常に変化する環境に合わせて、小林監督が自分のサッカーを変えていった結果、辿り着いたのが北九州のサッカーなのだ。
こうして自分のサッカーを更新し続けられることこそが、20年近くプロの監督として活躍し続けられる力の源泉になっているのだろう。
また、マンチェスター・シティを例に挙げて、最先端のサッカーについて語っている。
マンチェスター・シティのサッカーは、システムは相手によって変わるんですけども、自分たちが攻撃時にポジションを取ったとき、相手のバランスがどうなってどう空くかというのを見つけるということですよね。たとえば前に5枚いてボールサイドに4枚いたら、いちばん向こうは空きますよね。そういうふうに、相手の不利なところを使うというだけです。
僕もマンチェスター・シティはよく見ていて、どうやって持ち出すかは、相手のプレッシャーのかけ方によって変化させています。ボールを奪う側は、そのポジションの相手の形に重ねていく。ボールに人が集まる。攻撃側はボールをつなぎつつ、それによって生まれる手薄いところにボールを運ぶということです。
ですから間違いなく、昔の「攻撃を広げて守備は狭くして」ということしかないんです。言葉で言うと。
―シティのゲームを見ることが多いのですか? それはなぜですか?
去年あたりからシティを追っている感じですね。ボールを回すところにセオリーがあるし、守備のところでもしっかり戻ってポジションをとる。あれだけうまい選手が揃っているのに、チームの一員としてやらなくちゃいけないことをちゃんとしている。守る時はみんなで守るし、そのために前線の選手もしっかりと後ろに戻ってくる。そういうチームをペップ(グアルディオラ監督)がどんなふうにつくっているのかを想像するのは楽しいし、個々の選手のポジションの取らせ方など、本当に勉強になることが多いから。そういうチームを見ていると、自分の色を出しながらチームのディシプリン(規律)に則ったプレーができる選手が本当に良い選手なんだな、と実感するわけですよ。
―ただし、規律を押し付けると選手は反発するのでは?
そうです、押し付けても規律は成立しません。個人の良さを引き出すための規律だということを理解させなければいけない。それを本当に理解させることに成功すれば、そのチームの規律は少し混乱が生じたくらいでは乱れない強固なものになると思っています。そういう規律をギラヴァンツ北九州でもつくりあげたいですね。
チームの規律の中で自分の色を出す。北九州の選手の見ていると、それはある程度成功している様に思える。思い切ったプレー判断の速さは、選手たちが自分たちのサッカーを信じられているからだ。そして、小林監督がそう信じさせているからだ。けれん味の無い北九州のサッカー、ぜひ多くの人に見ていただきたい。
ギラヴァンツ北九州のサッカーに衝撃を受け、細かく分析を行う事で改めてこう感じたのだ。
小林伸二、恐るべし。
参考資料
シマダノメ 第1回 深堀インタビュー 小林伸二監督(前編) | ギラヴァンツ北九州 オフィシャルサイト
シマダノメ 第2回 深堀インタビュー 小林伸二監督(後編) | ギラヴァンツ北九州 オフィシャルサイト
シマダノメ第18回 深掘りインタビュー 小林伸二監督(前編)| ギラヴァンツ北九州 オフィシャルサイト
シマダノメ第19回 深掘りインタビュー 小林伸二監督(後編)| ギラヴァンツ北九州 オフィシャルサイト
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