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2020年 チーム分析 栃木SC ~嵐を呼ぶ異端のスタイル~

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栃木SCはJ2の中で一定の存在感を持ったクラブである。

ゾーンディフェンスの第一人者である松田浩が長期に渡って監督を努め、また、リカルド・ロボ、パウリーニョ、サビア、クリスティアーノといった強力なブラジル人選手の獲得によりチームの強化を進め、上位を狙える位置まで順調にクラブが拡大しているように見えた。

ところが人件費に見合った成績をあげられず、それに伴い経営も悪化。2014年には債務超過の危機にまで追い込まれてしまう。

栃木SC、債務超過解消へ Jリーグ参加資格喪失は回避 - 産経ニュース

予算が縮小されるなか、2015年には最下位に転落。ついにJ3降格してしまう。2シーズンでJ2復帰を果たすも、残留を目標とした厳しい戦いが続く。2019年、現監督の田坂和昭が就任するも勝ち星には恵まれず、最終節に勝利し得失点差で20位に浮上、劇的な残留を果たす事となった。

そして2020年、栃木SCの順位は7位(9月19日時点)。人件費がリーグ下位であると想像されるチームが、一桁順位まで浮上しているのは驚くべき成果だ。昨年ギリギリで残留したチームを、田坂監督はどのように作り変えたのだろうか。

 

チームを分析するにあたり、例によって「レナート・バルディの分析フレームワーク」を用いる。サッカーの試合を、「攻撃」「攻撃から守備への切り替え」「守備」「守備から攻撃への切り替え」と4つの局面に分け、それぞれにどの様な振る舞いをしているのかを分析することで、チーム全体の姿を明らかにするのが狙いだ。

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栃木SCの主なスタメンは以下の様になり、システムは一貫して[4-4-2]が採用されている。目につくメンバーは、日本代表での出場経験がある矢野貴章。山本廉、森俊貴、明本考浩は共に育成組織で育ち、大学、レンタル移籍を経て再び栃木に戻ってきた。栃木の新たの星となるであろう選手達だ。キャプテンの田代はCBらしいCB。プレーでチームを鼓舞する存在だ。

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攻撃 ~極端なダイレクト志向~

そのチームの特色が一番よく現れるのが攻撃の局面ではあるが、分析するにあたって栃木は非常に厄介なチームであった。それは栃木がボールを持つことにそれほど興味が無いように見える振る舞いをするからだ。football-labのボール支配率の数字を見ても、ほとんどの試合で5割を切っており、4割を下回ることも珍しくない。3割を切る試合も3試合ある。これは栃木が極端なダイレクト志向の攻撃を行っているからである。

まず栃木は通常ビルドアップと呼ばれる、後方からパスを順につなぎ前進していくという手段をとらない。ボールを持つとすぐさま前線のFWにロングボールを送り、そこを起点とする。ボールキープが出来なかったとしても、そのこぼれ球を拾うことで前進を狙う。

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ロングボールの受け手となるのは矢野貴章。強靭な身体を生かし、ターゲットマンとしての役割を果たしている。また、この時中盤の4人はこぼれ球を拾うために中央に集結する。ロングボールを有効に使う手本になりそうな設計だ。

矢野貴章と交代でFWに入ることが多いのはエスクデロ競飛王。こちらも強靭な身体を持ち、対人に強く前線でボールも持てる選手だ。ただエスクデロには高さが無いため、ハイボールではなく足元につけるパスの割合を増やすことで対応している。

前進からの攻撃の優先は中央突破になるが、次点としてサイドアタックに切り替える。全体的に選手が中央に集まるため、サイドレーンを使うのはSBがメインになる。クロスを上げるのもSBの役目だ。

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そうは言ってもダイレクトな攻撃では、前進する成功率はそれほど高くはならない。そのために相手ゴール前に迫れた時には、機を逃さないために必ずシュート、もしくはクロスで終わるという意識が徹底されている。1試合平均シュート数は8位、クロス数も4位と数字にも現れている。

一方でゴール数は1試合平均0.8で、リーグ18位とかなり少ない。この得点の少なさは、シュートを打てる間合いがあれば、多少無理めでも思い切ってシュートを打ってしまうからだ。栃木のハイライト集を見るとスーパーゴールが多い。可能性が低くとも、それだけ数多くチャレンジしている証拠と言えなくもない。

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相手をゴール前に押し込む事に成功すると、ボランチ西谷を中心として間受け、裏抜けの攻撃を仕掛ける事もある。その形に持ち込めても、前が開いたらとにかくシュートを打つという傾向は変わらない。

栃木の攻撃は決して綺麗なものではない。多くの時間で相手と競り合い、こぼれ球を争っている。次に起こるアクションが予想できないカオスな状況に持ち込んでしまう。極端なダイレクト志向を選択している理由として考えられるのは、選手の力が劣っていることを自覚しているからであろう。まともにぶつかったのでは勝負にならない。それならば自分達のペースに無理やりにでも引き込ませる。そこにゴールへの道筋を見出しているのだ。

セットプレーでの攻撃にも触れておこう。栃木はCK、FK、加えてロングスローでは、ゴール前に多くの人数を配置する。これも攻撃の基本方針に沿っている。人数を多くすることで、敵味方が入り乱れるペナルティエリアを作り出し、アクシデントを起こす意図があるのだろう。

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後述するが、栃木は守備に多くの力を割いているチームである。そのため攻撃に回った時に、エネルギーがすでに残っていないのでは無いかと心配してしまうほどだ。力配分を変えれば、攻撃のクオリティをもう少し上げれるような気もするのだが、それだけの守備を行わなければ、ただ圧倒されるだけで試合が終わってしまうという想像も出来なくはない。

 

攻から守への切り替え ~鋭いこぼれ球への反応~

ボールを失った局面である「攻撃から守備への切り替え」。この局面では栃木は即時奪回を目指すカウンタープレスを仕掛ける。栃木の場合、ボールをクリーンに奪われてしまうことよりも、競り合った後に発生するこぼれ球争いが焦点となっている。

「攻撃」の局面の通り、SHが中央に寄せるだけでなく、DFラインを思い切って上げることにより、コンパクトな陣形を作り全力でこぼれ球回収に備える。特にボランチの西谷、佐藤のこぼれ球への反応は鋭く、良くトレーニングされている事が伺える。

一方でラインを高くするため、裏にスペースを大きく空けてしまうリスクも抱えている。一気にロングカウンターをうけて失点する場面もあり、栃木の守備戦術の泣き所となっている。

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ボール保持を軸に攻撃を組み立てるチームは、もしボールを失ってもすぐに取り返すアクションを起こせるようなポジションを取ることが理想とされている。栃木の場合は逆に、攻撃時にボールを失うことを前提としたポジションを取ることで前進を図っている。アプローチは違っても、ボールを失った時にどうするかを踏まえて「攻撃」を設計しているのは同じと言えるだろう。

 

守備 ~鬼気迫るボール狩り~

栃木が最も注力しているのがこの「守備」の局面だ。そのプレッシングの迫力は大きなインパクトを与えるだろう。

相手のビルドアップに対抗するプレッシングの種類としては、CBやGKまでプレスに行く「超攻撃的プレス」に属される。

プレスのきっかけとなるのはFWの明本。元々中盤の選手であったが、驚異的な運動量をプレッシングに生かすためにFWにコンバートされている。スピードがあり、2度追い3度追いを繰り返すため、相手CBに落ち着いてボールをさばく余裕を与えない。そうして相手をサイドに追い込むと、全体が連動して横に圧縮することでスペースを無くし、ボールを奪ってしまう。

特にSHのプレッシングが特徴的だ。基本的にプレスを掛ける時に2トップは相手CBとボランチにそれぞれつく。そこに加勢してくるのがSH。SHは積極的に前に出てプレスを掛けるが、その対象がSBだけでなくCBに対して行われるのも珍しくない。

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SHが前に出ると、SBやCBが連動してプレスを仕掛けることでパスコースを封じてしまう。運動量に任せて無闇にボールを追いかけているのでは無く、組織的に追い込める様に設計されたプレッシングで有ることが分かる。

このプレスを繰り返されると、相手ディフェンスラインは平常心を保つのはなかなか難しい。安定したビルドアップを阻害することで、アバウトなボールの競り合いに持ち込み、自分たちのサッカーへと相手を引きずり込んでしまう。

この超攻撃的プレスであるが、常に行われるかというとそうではない。栃木はダイレクト志向の「攻撃」であるので、ボールが落ち着いて息をつく間が無い。そのため、どうしても体力的に厳しく90分続けられないので、ミドルプレスに切り替える必要が出てくる。

ミドルプレスではプレスの開始位置を下げて、センターサークル周辺からプレスを開始する。このミドルプレスでも興味深い守備方法が見られる。

守備のポイントはここでもSHとなる。ボールサイドのSHは少し前に出てFWとMFのラインの丁度中間に位置する。そこから相手のDFラインでの横パス、主にSBに展開されたパスに反応してプレスを開始する。

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両SHは常に前にでる準備をしており、横パスに鋭い反応を見せる。この時2トップは中央を締めており、SHがパスコースを予測しやすくする助けとなっている。ボールを押し返すと、そのままGKまで追いかけ回す超攻撃的プレスへと移行する。

 

SHが少し前に出ているため、当然ながら背後にスペースが出来てしまう。SHが上手く縦のパスコースを切りながら(カバーシャドウ)前に出ていけていれば問題は起きないのだが、スペースを活用されてしまう事も度々起きている。栃木のプレッシングの明確な隙となり、攻略の鍵となるポイントだろう。

自陣ゴール前まで押し込まれた場合には、2トップを守備ブロックに組み込んだ守備陣形を敷く。MFが引き出されて空いてスペースをFWが埋めることもあり、高すぎる守備意識を持っている。ゴール前に築かれるコンパクトな[4-4-2]を崩すのは容易ではなく、栃木の失点の少なさの大きな要因となっている。

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ここまで栃木の守備組織について説明したが、それ以上に目を引くのが選手たちが持つ闘争心の強さだ。プレスを掛ける選手達から殺気を感じることさえあり、攻撃を遅らせる、方向を制限するといった守備では無く、ボールを奪い取る守備を一人ずつが仕掛けてくる。守備時の1対1にめっぽう強く、単独でボールを奪い取ってしまう。

栃木の守備組織は素晴らしい。アタックとカバーを使い分け、複数人が連動した動きを見せる。しかし、そのベースとなっているのは目の前の相手に負けないというシンプルな闘争心だ。

 

守から攻への切り替え ~根底は失点しないこと~

前線から激しいプレスを掛けるという事は、当然ながら得点機会としてショートカウンターを手段として考えている。

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ただし、守備に掛けているエネルギーを考えると、プレスを掛けるのも攻撃のためというよりは、失点をしないことに重点が置かれているように思える。「攻撃」でもクロス、シュートで終わらせる事を意識しているのも、攻撃時に出せるクオリティを踏まえて、カウンターを受けない事を第一に考えているからだろう。

自陣でボールを奪った場合をみると、FWまで守備ブロックに加えているために、前方に誰も居ない事が多い。そのためロングカウンターを仕掛けるよりも、陣地挽回の意味合いが強いボールを蹴っている。そして再びプレッシングを開始する。

 

まとめ ~生き残るためのメタ戦略~

J2リーグでは自らボールを持ち、ポジショニングの工夫による主導権を握るサッカーが流行しつつある。その中であって、栃木が志向しているサッカーはまさに異端と呼ぶに相応しい。ボールを持つ事に固執せず、競り合いに活路を見出し、泥臭く全員で守備を行う。そうして相手を自分たちのペースに持ち込み、勝機を伺う。

対戦相手からすると、これ程厄介な相手は居ないであろう。ボールを持とうとすると激しいプレスを受ける。中盤では予測のつかないこぼれ球の拾いあいに付き合わされる。プレスをかけようにもロングボールで一気に飛ばされる。そうして苛立ち、落ち着きを無くせば、それはもう栃木の術中にはまっている。

つまり栃木はJ2の多くのクラブにとって苦手な部分をあえて狙っている。逆にそうしなければ、勝負にならないからだろう。

私の記憶が正しければ、昨シーズンの栃木は[3-4-2-1]のシステムを取り、他のチームと同じようにボールを持つサッカーを志向していた。今のようなスタイルに変化したのは33節。[4-4-2]に変更し、ターゲットマンにボランチであるヘニキを起用していた。田坂監督にとっては、ぎりぎりまで追い詰められた最後の手段であったのだろう。そこで残留に成功した事で、栃木の新しいスタイルが誕生した。以前に北九州の小林監督について紹介したが、田坂監督も同様に大胆なスタイルの変更を成し遂げたのだ。

栃木の選手は本当によく走る。そして本当に強い気持ちを表現している。ここまで闘志をみなぎらせたプレーをさせる監督といえば、アトレティコ・マドリーのシメオネ監督を彷彿とさせる。アトレティコと同じ様に栃木のプレーは見ている者の心に響く。綺麗では無いけれど、サッカーが持つ多様な魅力の1つを見せてくれている。

ここまで栃木SCの最高順位は9位。北関東のアトレティコはこの記録を塗り替える可能性を十分に秘めている。